京都地方裁判所 昭和38年(レ)83号 判決 1965年7月31日
控訴人 井上芳太郎
被控訴人 福井勝右エ門
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人代理人は、
請求原因として、「別紙<省略>目録記載の土地(以下本件土地という)は、被控訴人所有の京都府加佐郡大江町字関小字遊屋ケ谷二二八番地の二の畑(以下本件畑という)の一部であり、控訴人所有の同町字河守小字宮の谷一四六〇番地の二の山林(以下本件山林という)と本件畑との境界線が別紙目録および図面に表示のホ・ヘ・トの各点(以下単にホ・へ・ト等という)を結ぶ堀溝である。これについては、被控訴人が昭和三年五月二三日本件畑の所有権を取得して以来、控訴人被控訴人間に何等紛争がなかつたのにかかわらず、控訴人が昭和三四年頃より、右境界線がイ点の柿の木を基点としてイ・ロ・ハの各点を結ぶ線上にある小道である旨主張し、紛争が生ずるに至つた。しかし、右柿の木は本件土地の西隣りの土地を所有する訴外畑見真太郎がその所有地内に植えたもので、その後土地風化によつて本件土地までずり落ちたもので、何等境界の目印となるようなものではなく、イ・ロ・ハの各点を結ぶ線上には小道らしいものもないし、前記堀溝を境として傾斜度の異るその地形からしても、被控訴人所有の本件畑と控訴人所有の本件山林との境界線は岩肌の見えている崖とホ・へ・トの各点を結ぶ堀溝であることは明らかである。よつて本件土地が本件畑の一部で被控訴人の所有に属することの確認を求める。
仮に本件土地が、控訴人所有の本件山林の一部であるとしても、被控訴人は本件畑を買受けた昭和三年五月二三日より二〇年間本件土地の占有を継続したことにより、本件土地の所有権を昭和二三年五月二三日に取得時効により取得した。よつて本件山林の本件土地部分の被控訴人の所有権の確認と本件土地部分を宮ノ谷一四六〇番地の二より分筆の上被控訴人への所有権移転登記手続を求めて、本訴に及ぶ。
尚、控訴人被控訴人間に控訴人主張のような内容の京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求控訴事件の確定判決が存在すること、控訴人が右判決に基きその主張のように強制執行をしたことは控訴人主張の通りであるが、その訴訟物は控訴人の所有権に基く土地明渡請求権であつて、その既判力は土地明渡についてのみ生じ、本件土地の所有権は右請求権の存否を判断するについての前提事実に止まるから、本件土地の所有権の存否について右確定判決の判断は、本件土地の所有権の確認等を訴訟物とする本訴に拘束力を及ぼさない。」
と述べ、
控訴人代理人は、
本案前の主張として、「控訴人被控訴人間には、京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求事件の確定判決があり、その訴訟においては、本件土地所有権の帰属が唯一の争点として争われ、右確定判決は控訴人に本件土地の所有権があるものと判断しその所有権に基いて、被控訴人に控訴人への本件土地の明渡しを命じている。右確定判決の判断に反して本件土地の所有権が被控訴人にあるとする本訴請求は、右確定判決の既判力或いは一事不再理の法理により許されず却下せらるべきものである。」
と、述べ、
本案について、「被控訴人主張の請求原因事実中、控訴人が本件山林を被控訴人が本件畑をそれぞれ所有することは認めるが、その他の事実を否認する。イ・ロ・ハの各点を結ぶ線上には、巾三尺以上の畦道があつたのに、被控訴人がこれを破壊して昭和三二年春以来本件土地上に桑を植えたものであり、イ点の柿の木は最初から本件土地の境にあつたもので、西隣の土地からずり落ちたものではなく、本件山林と本件畑との境界線はイ・ロ・ハの各点を結んだ線であるから、被控訴人主張の本件土地は控訴人所有の本件山林の一部である。
また被控訴人の取得時効の主張事実は否認する。即ち被控訴人が本件土地の占有を開始したのは、被控訴人が本件畑を買受けた昭和三年ではなく、前記のように畦道を破壊して本件土地の開墾を始めた昭和三四年頃であり、従つてその占有は平穏でも公然でもない。
よつて本件土地が被控訴人の所有に属することを前提とする本訴請求はいずれにしても失当である。
更に仮りに以上の理由がないとしても、控訴人は前記京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号事件の執行力ある判決の正本に基き昭和三九年一一月一七日被控訴人に対し本件土地の明渡しの強制執行をし現に控訴人の占有に帰しているのであつて、この執行につき被控訴人は請求異議の訴さえも提起しなかつたもので、これは本件土地が控訴人の所有であることを認めたからに外ならないし、仮りにそうでないとしても、請求異議の訴を提起せずに直ちに本訴請求をすることは許されない。」
と述べた。
立証<省略>
理由
控訴人被控訴人間に、当庁昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求控訴事件の確定判決(乙第二号証)があり、その判決は本件土地が本件山林の一部であるとして控訴人の所有権を認めこれに基いて、被控訴人に対して本件土地の控訴人への明渡を命じたものであることについては、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証によると、右事件に於ては、控訴人被控訴人間に本件土地の所有権の帰属に争いがあり、本件控訴人が本件土地は自己の所有であるとしてその所有権に基き、その地上に桑を植栽して控訴人の所有権を侵害している被控訴人に対して桑の収去と土地の明渡しを求めたものであり、従つて審理の焦点は本件土地の所有権の帰属であつたこと、当事者双方の主張立証もこれに集中し、判決もこれを唯一の争点として判断していること、を認めることができる。
ところで勿論確定判決は原則として「主文ニ包含スルモノニ限リ既判力ヲ有ス」るものであるから(民事訴訟法第一九九条第一項)、右確定判決についていえば、被控訴人に対して控訴人へ本件土地の明渡を命じた部分についてのみ既判力が生じ、その前提事実である控訴人の本件土地についての所有権にまでは既判力は及ばず、被控訴人が本件土地の所有権が自己に属することを主張してその所有権確認等を求める本訴請求とは何等牴触するものでないことは言うまでもないから右確定判決の既判力の効果のみを主張して本件訴の却下を求める控訴人の主張は、理由のないものである。また控訴人は一事不再理の法理を主張するが、その理由のないことは敢て縷説を要しないところである。
しかし、本件土地の所有権が控訴人に属するとした右確定判決の判断は、右確定判決と同一当事者間の本件訴訟において、訴訟法制上、既判力ないし参加的効力類似の効力を持つものと考える。
即ち、民事訴訟は私人間の紛争を国家権力の判断(裁判)によつて公権的に判定し、その内容を強行(強制執行)し得るものとし、第一次的には当事者間の紛争の法的解決を目的とする制度であつて、私人の権利の保護の目的は、右紛争解決の遂行によつて自ら達成されるものと把握すべきであつて、この観点に立脚すると、同一の紛争について異なる裁判がなされることや、同一紛争が何度もむし返して取り上げるという余地を制度的に認めることは許されない(紛争解決の一回性の要請に基く既判力制度)とともに、たとえ前訴判決の理由中の判断であつても、(1) その判断に反する主張の新たな審理を許せばその判断の如何によつては前訴判決の主文中の判断の内容を実質的に破毀する結果となり、本件のように前訴が所有権に基く明渡請求で後訴が所有権自体の確認請求であるといつた法律的にも不即不離の関係にあり法律的には同一の紛争と解されないながら、実質上同一の紛争のむし返しに過ぎない場合で、(2) 前訴における主要な争点として当事者間で主張立証をつくし、(3) 裁判所もその点について実質的に審理した場合には、単なる事実上の証拠評価の問題を越えて、制度的に前訴判決の理由中の判断であつても後訴の主張の審理を排斥し、前訴判決の判断が後訴を拘束するものとすることが、もつとも信義則に照し妥当するし、紛争解決の民事訴訟の目的に適合する。
もつとも、このような前訴判決と後訴判決のくい違いを防止するために、民事訴訟法第二三四条は中間確認の訴を認めており、それを利用しなかつた当事者が後訴においてこれと相反する結果を甘受することになつても巳むを得ないとする考え方もあろうが、前訴において主要な争点として両当事者が徹底的に争い裁判所もその事実について実質的な審理を遂げその点で前訴の勝敗が決つたと解される場合にまで、中間確認の訴を提起しておかなかつたという形式的理由で、裁判所の判断に何等の制度的効力を認めず単なる事実上の問題として放置しておくことは、信義則上許されないと考える。
けだし、本件のように甲が乙に対して乙の占有している土地について所有権に基く明渡を求める訴を提起し、甲乙間で当該土地の所有権の帰属が主要な争点として争われた結果、甲に所有権があると判断され、乙に対して甲へ当該土地を明渡しを命ずる判決が確定した後、その確定判決の効力が甲の所有権についてまで及ばないとして、乙が甲に対して当該土地の所有権が乙にあるとの確認を求める訴を提起した場合、右確定判決の理由中の判断に前述のような効力を認めない限り、前訴確定判決の基準時以後の事実が何等主張立証されない場合でも、乙の所有権を認める確認判決が成り立つ可能性を制度的に認めることになり、また甲の乙に対する所有権に基く移転登記手続請求訴訟に於て、所有権が甲にあるとして敗訴した乙が、改めて甲に対して自己の所有権確認請求を提起した場合も同様となろう。しかし、このような結果の生ずることを認めることは、甲、乙いずれに当該土地の所有権があるかについて主張立証をつくして争い裁判所の公権的強制的な判断による私的紛争解決方法である民事訴訟を、紛争解決の手段として選んだ両当事者に於ても、最初の訴訟の際には恐らく予想もしなかつた所であろうし、また紛争解決制度としての裁判制度に対する国民の信頼の点からも到底許されないものと考える。もしこの場合、前述のような当裁判所の考え方に従えば、前訴において甲の所有権の有無が主要な争点となり、その事実をめぐつて甲乙が主張立証をつくして争いその点について実質的な審理をつくして判断し判決がなされた以上、乙が新たに提起した後訴においても、前訴のこの点に関する判断は尊重されねばならず、前訴確定判決の基準時に甲に所有権があつたものとし、その基準時以後に甲の所有権に変動が生じ乙がそれを取得した事実が主張立証されない限り、裁判所は前訴の判断に拘束され甲に所有権があるものとして、乙の敗訴判決をすることになる。この結論は、紛争解決の一回性の趣旨にも沿い、妥当なものと考える。
判決のこのような効力は民事訴訟法第一九九条に規定する所謂既判力そのものとは考えないが、前叙のような民事訴訟制度の目的及び信義則から認められるものであつて、しかも当事者の主張を待つてその効力を発動するものと解し、仮りにこれを争点効とでも言うべきものである。
そこで以上の見解を以つて本件をみると、控訴人の前記既判力云々の主張は、右のような争点効の主張をも含むものと解されるところ、前訴である京都地方裁判所昭和三七年(レ)第一三号土地明渡請求控訴事件においては、前記認定のように本件土地の所有権の帰属が唯一の争点として当事者間で主張立証をつくして争い、判決もこの点を実質的に審理した結果の判断として、本件土地は控訴人の所有であるとしたものであり、従つて、右確定判決の基準時には、本件土地の所有権は控訴人に属していたことになり、被控訴人の時効取得の主張は、右基準時前に生じた事実で前訴において主張し得たものであるし、右基準時以後の本件土地の所有権取得原因について被控訴人は何等の主張もしないから、本件土地は依然控訴人の所有と認めなければならないところであつて、被控訴人の本訴第一次、第二次各請求はいずれも理由がなく棄却すべきで、本件土地が被控訴人の所有に属するものとしてその第二次請求を認容した原判決は不当であるので、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 喜多勝 白石嘉孝 河田貢)